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仙台高等裁判所 平成10年(ラ)71号 決定

抗告人

株式会社金子鉄工所

代表者清算人

金子正雄

抗告人

金子正雄

両名代理人弁護士

武田正男

主文

原決定を取り消す。

山仙商事株式会社に対する売却は許可しない。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙「執行抗告状」記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

本件抗告の理由は、要するに、上記基本事件たる不動産(一部機械器具を含む。)競売申立事件において競売の対象となっている別紙物件目録記載の各物件(以下「本件競売物件」という。)のうちの相当部分が高速道路用地として買収ないし移転補償の対象となっており、早晩、買受人が極めて高額な買収金ないし移転補償金を取得することが確実であるにもかかわらず、本件競売に係る最低売却価額の定めは、この点を全く考慮しない不動産評価に基づくものであって、違法であることが明らかであるから、かかる最低売却価額を前提とする買受申出に対してした原審の売却許可決定(以下「本件売却許可決定」という。)も違法であるというものである。

ところで、民事執行法一〇条七項、六〇条二項、七一条六号、七四条二項の趣旨を考え合わせると、執行裁判所は、売却決定期日に至るまでの間に、最低売却価額の定めに重大な誤りがあると判断した場合には、最低売却価額を変更した上、改めて売却を実施すべきものであり、かかる事情があるにもかかわらず、最低売却価額を変更しないままで売却を実施し、その買受申出人に対する売却許可決定をすることは、原則として違法になるというべきである。そして、このことは、執行裁判所がいったん最低売却価額を定めた後に生じた事由により、同価額が著しく不当になった場合においても、基本的には同様である(もっとも、後記のとおり、何をもって「著しく不当」と評価すべきかは問題がある。)が、売却許可決定後に生じた事由により、さかのぼって、最低売却価額の不当性を問うことはできないものというべきである。したがって、上記の抗告理由の当否を判断するに当たっては、本件売却許可決定時において存在した事情を前提とすべきものと解される。

そこで、本件売却許可決定時(平成一〇年六月一〇日)に存した事情についてみるに、記録(当審における審尋の結果を含む。)によれば、次の事実が認められる。

(1)  本件競売物件所在地近辺では、日本道路公団(以下「公団」という。)による高速道路建設計画が進行中であり、これに伴い、付近の道路用地について、順次、土地所有者との間の買収契約、建物所有者との間の移転補償契約等が締結されている。

(2)  本件競売物件の土地のうち、別紙図面中の赤線で囲まれた部分についても、上記の道路用地部分に該当するため、公団は、同用地部分につき、所有者との間で買収契約(土地)ないし移転補償契約(建物)等を締結する予定である。

(3)  公団では、現在、本件競売手続の推移を見守っているところであるが、同手続により買受人が本件競売物件の所有権を取得した場合には、買受人との間で、上記土地買収契約ないし建物移転補償契約を締結する意向であり、これらの契約が締結されると、その約一か月後に、買収金及び移転補償金のうちの約七割の額が、さらに、関係移転登記及び建物収去土地明渡完了の約一か月後に残額が買受人に支払われることになる。反面、これらの金額の全部又は一部が現所有者である抗告人らに支払われることはない(動産の移転費用は別である。)。

(4)  公団が本件競売物件の所有者に支払を予定している買収金及び移転補償金の額は、一部未確定の部分があるが、本件売却許可決定時においても、土地に対する買収金約五二六八万円及び建物に対する移転補償金約六五〇二万円の合計約一億一七七〇万円は、本件競売物件の所有者に支払われるべきことが確実であった(一部未確定というのは、これ以上の上積みがあるかどうかの問題にとどまる。)。

(5)  原審は、不動産鑑定士山口賢一作成の平成九年六月二〇日付競売不動産評価書に基づき、同年一〇月二一日、最低売却価額を四〇九九万円(以下「本件最低売却価額」という。)と定めた(従前の価額を変更したもの)が、上記の不動産評価書においては、本件競売物件の一部が高速道路用地として平成一〇年ころに買収予定である旨付記されてはいるものの、そのことが実際に不動産を評価する上での考慮要素にはなっていなかった。

(6)  原審は、平成一〇年四月一六日、本件最低売却価額を維持したまま、売却実施命令を発し、期間入札(同年五月二〇日から同月二七日まで)の方法による売却が実施された結果、山仙商事株式会社(以下「本件買受人」という。)が申出(入札)価額五一二三万円で最高価買受申出人となり、これに基づき、原審は、本件買受人に対する売却許可決定をした。

以上の事実が認められる。

これらの事実によれば、本件最低売却価額と上記のとおり本件競売物件の所有者に対して支払われるべき買収金及び移転補償金の総額(本件売却許可決定時点において支払が確実であった最低額)とを単純に比較すると、後者は前者の約2.87倍で、額にして後者が前者を約七六〇〇万円余り上回ることが明らかであり、客観的には、前者の金額は、後者より著しく低額であるといわざるを得ない。

もっとも、一般的には、最低売却価額が客観的な当該物件の価額を著しく下回るとの一事をもって、当然に、そのような最低売却価額の定めが違法となるものと解すべきではなく、結局は、競売手続の理念と現実の手続に及ぼす影響、かかる価額の差が生ずる理由、競売手続全体の経過、関係人が受ける利益・不利益の程度・内容等の諸事情を総合的に考察して、その適法・違法を判断するのが相当というべきである。

これらの点について順次検討するに、まず、一般的に、より望ましい競売手続の進行というものを考えてみると、一方において、各債権者に対し、より十分な配当がされるように配慮する必要があるとともに、他方で、より迅速な手続の進行を図るべき必要があることはいうまでもない。

この点で、上記のとおり、本件競売物件に係る買収及び移転補償額(これを念頭に置いた買受申出とその競争が行われることが十分期待できる。)が最低売却価額を著しく上回るということは、それ自体、最低売却価額の変更を促す有力な要素であることは疑いがない。

しかし、他方、本件については、昭和五七年の競売申立て以来現在まで、実に一五年余りを経過しているものであり、この点は、手続の迅速性の要請からして、誠に軽視しがたい要素であるといわなければならない。また、仮に、本件競売手続が通常の事件程度の期間で売却手続に至っていたとしたら、そもそも、時期的に、公団による用地買収等の事情を考慮すべき余地がなかったことは明らかであって、これとの比較において、たまたま、売却までの期間が長引いたことにより生じた新たな事情を正面から考慮することには、違和感があることも否めない。

もっとも、本件売却許可決定が取り消され、再度の売却実施手続が必要になるとしても、上記認定の事情に照らせば、本件競売物件の再評価自体には、さほど労力や時日を費やすものとは認め難く、これによって、本件競売手続が更にいたずらに遅延する結果を招くおそれはないものというべきである。

また、このように事件進行が異例の長期化をみていることとの関連では、その長期化の理由、特に、抗告人らの責めに帰すべき事情がどの程度あったのかという点が少なからず本件の判断に影響を与える要素であるというべきである。この点にかんがみ、記録に表れた本件競売事件の進行経過をみると、一部に、結果的に不必要であったと目される抗告人らの異議申立て等によって手続が遅延したという面もうかがわれないではない。しかし、かなりの部分においては、再三にわたる本件競売物件の評価換え、最高価買受申出人の代金不納付による売却手続のやり直し、第三者異議の申立て(結果として異議が認められた。)等、抗告人らの責めに帰し得ない事情が重なったことによって手続が遅延したとみざるを得ず、かかる競売手続の長期化が主として抗告人らの違法・不当な対応・態度によるものということはできない。

次に、本件における具体的な関係人に対する影響についてみるに、まず、上記買収及び移転補償額を考慮に入れた本件競売物件の再評価とこれを前提とする売却が実施されることによって、本件買受人の買受申出額を相当程度上回る額による買受申出がされる公算が極めて大きいことは明らかというべきであって、これが抗告人らの利益につながることは明らかである。また、一般的には、各債権者も、その債権回収がより容易、多額になることが見込まれるから、上記のような再評価・再売却実施により利益を受ける部分が大きいといえる(現に、本件競売手続には、多数の債権者から、債権届出や交付要求が出されている。)。もっとも、本件の競売申立人においては、上記のとおり、手続が極めて長期化したため、従前から、再三にわたり、手続の早期進行を執行裁判所に要請してきたものであり、かかる競売申立人の意向も一概に無視することはできない。

他方、本件買受人は、本件売却許可決定に従い代金を納付すれば、本件競売物件を確実に取得し得たにもかかわらず、同決定が取り消されると、何ら自己の責めに帰すべき事情がないにもかかわらず、従前額での買受けが困難になるばかりでなく、そもそも、自己が再度買受人になれる保障すらないのであって、その意味では、大きな不利益を受けるものといわざるを得ない。ただし、反面において、原決定が維持されると、本件買受人が、労せずして極めて多額の利得をしてしまうという点も、当然、考慮に入れるべき事情の一つといわなければならない。

最後に、原審たる執行裁判所自体の立場についてみると、執行裁判所は、一般的に迅速な手続の進行を図るべき職責を担っている上に、本件では、上記のとおり、具体的な競売手続自体が極めて長期化してきた経緯があり、そのため、特に、迅速な売却手続の進行を図るべく努めていることが十分うかがわれるし、そのような考慮を働かせることは、むしろ当然ということができる。しかし、上記のとおり、売却許可決定前に、最低売却価額を改めるべき明らかな事情が生じた場合には、その内容・程度のいかんによっては、やはり売却手続を一時停止して、最低売却価額の変更を行うべき場合も出てくることは否定し難い。記録によれば、本件では、入札期間前の平成一〇年五月一八日に、抗告人らから本件競売物件の再評価を求める執行異議の申立てがされるとともに、その関係資料として、少なくとも、その時点においても、本件競売物件の所有者に対して本件最低売却価額を大幅に上回る買収金及び移転補償金の支払が確実にされる旨の関係機関(公団の代理人たる山形県担当課)の回答を録取した抗告人ら代理人作成の聴取書等の提出もあったのであるから、執行裁判所としては、十分な事実関係の把握に努めるべき側面もあったというべきである(原審が関係機関からの照会回答の内容として「建物の補償額は精査中で明示できない」旨の指摘があった点を重要視し、そのまま売却の実施を決断したものとすれば、従前の経過などからして無理からぬところもあるが、やはり、関係機関に対し、更にその趣旨を確認する等の手段を講ずるべきであったとの印象を免れ難い。)。

以上の諸点を総合的に考察すると、確かに、本件競売事件の手続は極めて長期化しており、しかも、上記の買収金及び移転補償金が一見して明確にならないままに売却実施の段階を迎えた原審執行裁判所が、最低売却価額の変更等をすることなく、そのまま売却許可決定に至った点を一概に非難することはできない。加えて、本件売却許可決定が取り消されることにより、本件買受人の利益が害され、また、更に本件競売手続が延びる結果を招くことなどを考慮すると、抗告人らが主張するように、原決定が一見明白に違法であるということはできない。しかし、反面、本件売却許可決定時において、既に、上記買収金及び移転補償金が本件最低売却価額を大幅に上回ることが確実であったこと、これを反映させた最低売却価額の変更によって、抗告人ら及び各債権者が総体的に受けるべき利益の程度も無視し難いものがあること、さらに、本件競売手続の遅延について、抗告人らに信義則に反するような事情は認め難く、また、本件売却許可決定を取り消しても、その影響がそれほど大きいとはいえないことなどの点も併せ考慮すると、結局、本件売却許可決定は、最低売却価額の定めに重大な誤りがあるのに、これを看過してされたものとして、民事執行法七一条六号に照らし違法たるを免れないものというべきである(本件買受人の買受申出価額が、最低売却価額を大幅に上回るものであったという場合には、結論を異にする余地もあるが、そのような事実関係にはない。)。

以上によれば、結局、原決定は不当であり、本件各抗告は理由があるに帰するから、原決定を取り消した上、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官武藤冬士己 裁判官畑中英明 裁判官若林辰繁)

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